意見書の本文

 
2012年6月29日
 

経済産業省 資源エネルギー庁 御中

 

「革新的エネルギー・環境戦略の策定に向けた国民的議論の推進事業」の問題点について

 
 

本意見書の目的

 本意見書は、科学技術の問題に関する「市民参加型討議(評価)手法」に関して、実施経験を持ち、これについての理論的研究を行ってきた専門家が、「革新的エネルギー・環境戦略の策定に向けた国民的議論の推進事業」の重大な問題点を指摘することを目的としています。

 

背景と事業内容について

 新たなエネルギー政策(革新的エネルギー・環境戦略)の検討を行うエネルギー・環境会議は、2011年12月21日付の「基本方針」において、「基本理念3:国民合意の形成に向けた三原則」として、

原則1:「反原発」と「原発推進」の二項対立を乗り越えた国民的議論を展開する

原則2:客観的データの検証に基づき戦略を検討する

原則3:国民各層との対話を続けながら、革新的エネルギー・環境戦略を構築する

を掲げています。また、「『脱原発』と『原発推進』の二項対立を乗り越えた実りある国民的議論につなげ、夏を目途に戦略の全体像を提示する」としています。

 この基本方針に沿った形で、新たなエネルギー政策の決定に向けた「国民的議論」を促す一つの方法として、資源エネルギー庁が新しいタイプの討論会を計画していることが、明らかになりました。

 2012年6月22日に発表された入札公告によると、事業名は「平成24年度電源立地推進調整等事業 (革新的エネルギー・環境戦略策定に向けた国民的議論の推進事業(討論会事業に係るもの))」とされ、その仕様書によれば、討論会の概要は次の通りです。

(1) 全国から約3,000人を無作為抽出して事前アンケートを行い、その回答者の中から討論会への参加希望者を約300人募る

(2) 討論会では約15人ずつのグループでの討論や、専門家への質問ができる全体会を行う

(3) 討論会の前後にアンケートを行い、討論前後での意見の変化などを分析する

 これをかりに図示してみると、次のようになります。

 

 仕様書には明記されていませんが、この討論会は「討論型世論調査(Deliberative Polling®)」の手法にならったものだと思われます。

 討論型世論調査とは、米国の政治学者、ジェームズ・フィシュキン氏(スタンフォード大学教授)が考案したもので、資源エネルギー庁が計画しているような、討論会とアンケート調査を組み合わせた新しい世論調査の方法です。アンケートへの瞬発的な回答ではなく、十分な情報提供や、話し合いを経たうえでの人々の意見を把握する方法として注目を集め、欧米を始めとして世界十数カ国で用いられています。私たちも、政策への市民参加の方法や、新しい民主主義のかたちを研究する立場から、こうした手法に注目し、日本での活用可能性を探ってきました。

 しかし今回の討論会の計画は、公表されている仕様書を見るかぎり、公正で効果的な議論を行なうための条件を欠いています。かりにこのままの形で実施されれば、本来の討論型世論調査とは似て非なる不適切なものとなり、世論の誘導や形だけの市民参加として厳しい批判を招くことが危惧されます。

 以下、主な問題点を指摘します。

 

問題点1:意見誘導にならないようにするための方策が講じられていない

 討論型世論調査が意見誘導に陥ることを回避し、その本来の特徴を生かすには、次の二つの条件が不可欠ですが、今回の事業ではこれらを保証する仕組みが整えられていません。

条件(1):討論が、ある結論へと誘導する運営ではなく、結論を前提としない自由な雰囲気で行なわれること。参加者の質問に答える専門家の人選も、参加者が納得できるバランスのとれたものであること。

条件(2):そもそも、初めに参加者に提供される討論のための資料が、テーマについて理解を深める上で十分であり、かつ偏りのないものであること。アンケートの質問項目や質問文の設定も、特定の答えを誘導するようなものでないこと。

<運営の独立性>

 条件(1)を満たすには、討論会の企画・運営が討論の結果を受け取る主催者(今回の場合は資源エネルギー庁)から独立している必要があります。主催者の意向が、運営を左右することがないようにするためです。

 諸外国や日本の地方自治体で同様の討論会が催された過去の事例では、企画運営の主要部分は、専門家などからなる独立の運営組織(実行委員会など)に委ねるなど、行政機関自らは影響を与えないようにするなどの工夫がなされています。その場合、参加者の質問に答える専門家もこの運営組織の判断で人選し、主催者の意向に左右されないようにします。

 資源エネルギー庁の仕様書にも、討論会の運営にあたって「専門家・専門機関の協力を得、そのアドバイスを得ながら進めること」との文言があります。しかしこれは、資源エネルギー庁から受託した業者が、独自に専門家などの協力・助言を受けて作業を進めるということにすぎず、独立性は担保されていません。主催者(政府)の責任で運営組織を立ち上げ、その運営組織に企画運営の主要部分を委任するというこれまでの討論型世論調査のやり方とは本質的に異なるものです。

<バランスのとれた専門家グループ>

 また、福島第一原子力発電所の事故をふまえたエネルギー政策というテーマに鑑みれば、上記の運営組織の中に、多様な意見を持った専門家が関わることが必須だと考えられますが、これを担保する枠組みになっていないとも言えます。

<モデレーターの妥当性>

 討論型世論調査の場合、グループ討論の進行係であるモデレーターの役割も重要です。各グループのモデレーターが議論を誘導してしまうことを防ぐため、事前に専門の講師を招くなどして、モデレーターの研修を行なう必要があります。ところが仕様書には、そうした内容も含まれていません。

<バランスのとれた資料とアンケート>

 条件(2)については、討論型世論調査の場合、討論のための資料やアンケートが偏ったものにならないよう、関連する様々な分野、立場の専門家からなる監修委員会(アドバイザリーボード)を設け、その指導・助言のもとで資料やアンケートを作成するのが一般的です。こうした監修のしくみについても、仕様書では明示されていません。

 このような状態で討論会を実施することは、「世論誘導のためのアンケート調査ではないか」という懸念をも招きかねません。

 

問題点2:参加者の選出の妥当性を確保する方法が示されていない

 討論会の公正さを担保するには、参加者の選び方が恣意的でないことも求められます。  仕様書によると、討論会参加者は、全国からの無作為抽出で実施するアンケートへの協力者のうち、討論会への参加を希望した人の中から、「都道府県別の人口比等により300人程度を抽出する」とされています。

 この抽出を、いかに恣意性を排除して行なうのかということが鍵になりますが、そのための方法は仕様書に示されていません。

 また、討論会参加者約300人を都道府県別の人口比で配分すると、もっとも多い東京都は31人、人口の少ない鳥取県で1.4人、福井県で1.9人となります。日本全体の縮図をつくって討論会を行なうという討論型世論調査の基本的性格を考えれば、こうしたやり方は妥当だとも言えますが、電力消費地と電力生産地とで人口の差が大きいことから、単純に都道府県の人口比を反映する形でよいのか、という異論もあるかもしれません。

 重要なのは、参加者の抽出方法や抽出数の妥当性について、なぜそのような方法を選択するのか、それがいかなる意味で国民各層を代表した参加者構成につながると言えるのかについて、国民の納得のいく説明が必要だ、ということです。

 こうした抽出の具体的な方法については、本来は主催者が直接判断するのではなく、問題点1で触れた独立の運営組織に委ねるのが妥当です。いずれにしても、一定の方向に結論を誘導するために、偏った意見を持った参加者を集めたのではないかなどといった疑念を抱かれないよう、透明性のある手続きと運営が不可欠です。

 

問題点3:日程的な限界がある

 これまで政府は、「夏を目途に」新たなエネルギー政策を提示するとの方針を示してきました。このスケジュール通りに進むとすれば、8月末までには政策決定がなされるということが予想されます。一方で、今回の仕様書によれば、討論会の開催日程は平成24年8月とされています。結果のとりまとめ等の時間から逆算すると、8月上旬までに開催するのが現実的な日程だと思われます。

 かりにそうだとすれば、最初の3,000人を対象とした事前アンケートを郵送で実施していたのでは、日程的に間に合わないことになります。事前アンケートは、電話(RDD方式)で行なうことを想定されているのかもしれません。

 しかし、今回の政策の選択肢には、電源構成だけでなく、経済・産業や、生活、地球温暖化対策など、様々な要素が複雑に絡み合っています。それに対するアンケート調査を、電話で正確に実施することはきわめて困難です。

 仕様書では、応札する業者に対して「迅速に、アンケートの対象者の無作為抽出、アンケートの実施、回収が行える体制、手法について、提案すること」を求めています。しかし、この限られた時間で妥当なアンケートや討論会を行ないうるかは甚だ疑問です。まずは政府の責任において見通しを示した上で動き始めるべきです。

 

おわりに

 この種の討論会の実施にあたっては、そこで得られる結果を、政策決定にあたってどのように用いるのかを、あらかじめ明確にしておく必要があります。このことは、「結果が出た後で扱い方を変えた」などという疑念を招かないようにするために、きわめて重要です。結果の活用方法を丁寧に示すことは、アンケートや討論会への参加者に対する説明責任を果たすとともに、参加意欲を喚起し得られる回答の質を高めるといった意味もあります。

 今回政府は国民的議論を呼びかけていますが、今後の日本のエネルギー政策について、一人でも多くの人が自らの問題として考え、話し合い、その結果が様々な形で発信、共有されることこそが、「国民的議論」であると私たちは考えます。資源エネルギー庁が計画している討論会は、かりに以上に指摘した問題点がクリアされ公正かつ有意義な形で行なわれたとしても、それをもって国民的議論が行なわれたと考えるには、不十分な討論です。討論会は「国民的議論」の入り口にすぎないと言えます。現段階で公表されている討論会の計画には、ここで指摘した通り、多数の問題点があります。そのまま実施されれば、国民の間に政府の取り組みへの不信感が強まり、国民的議論をかえって阻害することにもなりかねないと危惧しており、ここに警鐘を鳴らすものです。

 「革新的エネルギー・環境戦略の策定に向けた国民的議論」は、主催者(政府)と参加者(国民)の新しい信頼関係を構築するための第一歩となるものと考えます。本意見書は、討論型世論調査等を用いた国民的議論の推進を否定するものではありません。より周到な準備と設計のもとに、国民的議論を進めていくことを求めるものであることを付記いたします。

 
 
大津珠子(北海道大学)、神里達博(大阪大学)、蔵田伸雄(北海道大学)、斉藤健(北海道大学)、標葉隆馬(総合研究大学院大学)、調麻佐志(東京工業大学)、杉山滋郎(北海道大学)、竹本寛秋(北海道大学)、田中幹人(早稲田大学)、田原敬一郎(財団法人未来工学研究所)、直江清隆(東北大学)、中島秀人(東京工業大学)、中村征樹(大阪大学)、野家啓一(東北大学)、早岡英介(北海道大学)、原塑(東北大学)、平川秀幸(大阪大学)、平田光司(総合研究大学院大学)、松浦正浩(東京大学)、三上直之(北海道大学)、八木絵香(大阪大学)、山内保典(大阪大学)、吉澤剛(大阪大学)、吉田省子(北海道大学)、若松征男(東京電機大学)、ほか1名
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